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ダムの建設理由として国側があげてきたのは「水害対策」と「首都圏への水供給」だ。そもそもダムの建設計画が浮上したのは昭和22年の台風で、利根川水系で1900人を超える死者や行方不明者が出たことがきっかけだった。
水害から62年。 計画発表から57年。建設が長期化した大きな理由は、地元の反対にある。 温泉街など340戸の水没が前提のため、激しい反対運動が起きたのだ。 しかし、住民側は平成に入ってから、国側の説得を受け入れる「苦渋の決断」をした。それが突然の方針転換。 地元では「なぜ、いまさら議論がむしかえされるのか」という思いがある。
ダムの少なかった昔は水害が多かったね。 明日来る台風はどうなるかなー。
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